病は氣から

「私は●●だから」という決め台詞、ありませんか?

もう2月の事になりますが、尊敬する田中愛子先生がお亡くなりになりました。

 

20歳まで生きられないかもしれないと、お医者さんに言われるほど、体が弱かったそうで。93歳で、次の世界へ、旅立たれました。

 

愛子先生は、日本人にマクロビオティックの食養を施す前、海外で、1人、その普及と様々な国の人々の病を実際に診て来られました。愛子先生が大往生されたのも、いろいろな理由がおありかと存じますが、海外に出向いて以降、過酷でなお、ものすごく大切な使命を持たれたからではないのかな?とも思うのです。

周りの人に、氣を遣わせていませんか?

私は幸い、五体満足で生まれ、大きな病気をすることなく幼少時代を過ごしましたので、そのような体に生んでくれた両親に感謝していますし、そのように育ててくれた家族にも、とても感謝しています。

 

大人になってから、自身の不摂生が原因で、病気になるのですが、その頃の自分を振り返ると、

「私は、どうも生理痛がひどくて」

「私は、偏頭痛によくなるのよ」

「私は、口内炎がよくできるの」

というようなことを、周りの人に話していたのを思い出します。

 

当時、「病は氣から」と言う言葉の意味を、わかっているようで、わかっていなかったなと。

 

現在の自分の症状を、他の人に説明しただけと思っていましたが、この「自分は●●なのだ」という症状宣言をすることで、他の人に「氣を遣ってもらっていた」のと、自分の「氣を弱らせていた」という事に、気付きまして。

自分のことに氣をとられるよりも

愛子先生が、他の人よりも弱い体でありながら、他の人が弱っているところを診てあげられた(症状が重い方には、断食をして自分を空にすることでお手当を施したそうです)のは、なぜなのかな?と。

 

1つ目に、雪の中でも素足で歩くことや、冬でも冷たい水で洗い物をしたことなど、自分自身の弱い体に、氣を回せないほどの環境だったこと。

 

もう1つとして、自分よりも氣が弱っている人が周りに大勢いたことで、周りから氣を遣ってもらう立場から、周りに氣を遣う立場へ、切り換えざるを得なかったことではないかな?と思うのです。

 

創始者桜沢氏に命ぜられたとは言え、それらの環境でそれをやってのけた、愛子先生のストイックさと氣力に、献杯です。

4月1日の【預診タイム】も無事終了、【春のデトックス講座】参加者受付中!

4月1日(日)のお試し【預診タイム】も、無事終了しました。

今回も6名の受講者さんと、楽しいひと時を過ごすことができたことに、感謝いたします。

 

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